3. 認識の解像度

はじめに

ここでは、「言葉が届かない」「伝わらない」と感じるとき、

その原因がどこにあるのかを整理します。

多くの人は「わかっている/理解している」と思いながら、
実際には『見えていない』ことが少なくありません。

ここでの「理解」と「認識」は、一般的な定義とは少し違います。

ここでは、

・理解(understanding)=情報の整理
・認識(awareness / perception)=見方(視座)

として捉えています。

言い換えると、
・理解は、情報を受け取って処理すること
・認識は、その情報をどの位置から眺め、どんな角度で意味づけているかという構造そのもの

となります。

認識の解像度

同じ出来事でも、焦点の当て方ひとつで、見えてくる意味は変わります。
視点が変われば、その意味づけも変わってくるのです。

何を、どの視点から、どこ焦点をあてているか。
そして、その「像」がどれだけクリアか。

言葉が届かないとき、その原因は表現技術ではなく、
その前段階である「認識の解像度」にあります。

物事の見方が大雑把で、粗ければ、言葉も曖昧になります。

発信のブレや不安定さ、意思疎通の困難さといった問題は、
思考や意図そのものに問題があるのではなく、
伝えようとする内容が、どれだけクリアになっているかにかかっています。

認識の解像度を上げる

スタートは常に「自分視点」です。

自分は「何を」見ているのか。
自分には「何が」見えているのか。
そして、それを「どう」見ているのか。

それは、自分が関わっている世界を「自分のカメラで切り取る」ような行為です。
ボヤけた写真より、鮮明な写真の方が、
当然ですが「何がそこに写っているか」がわかりやすいです。

解像度を上げることは「言葉で伝える」ときの重要案件なのです。

ここには、正誤も優劣もありません。
あくまで「私にはこれはこう見える。私はこれを○○として捉えている」
という認識の話です。

この部分をクリアにすれば、発する言葉は必然性を持って整ってきます。
結果として、伝わり方も変わってきます。

問われているのは、
ライティング術やプレゼンテーション・テクニックのような
「何をどう言うか」ではなく「自分が世界をどう見ているか」という前提そのものです。

Scroll to Top