はじめに
私たちは、自分の思考を伝える手段として言葉を使います。
けれども、ただ発信するだけでは、
こちら側から向こう岸に叫んでいるのと同じです。
川の上に“橋”がかかったとき、
はじめて互いの岸を行き来できるようになります。
つまり、意思疎通が可能になるのです。
その橋をどう築くか。
それが、言葉の届き方を決めます。
橋を架けることは、「自分」と「世界」をつなぐことです。
そのために、起点である自分側と、着地点である相手側。
この両方を「認識」する必要があります。
橋の起点は「自分側」
まず「何を届けたいのか」を明確にする必要があります。
自分の考えや感情が明確に認識できていないと
「橋の土台」は揺らぎます。
そして、自己認識の曖昧さは、表現の不安定さとして現れるのです。
言葉の精度を上げる前に、まず「自分の立ち位置」を見つめること。
自分が「なぜ」「それ」をあえて「発信しよう」と思うのか。
発信の動機が、そもそもの起点となります。
橋の着地点は「相手側」
どんなに綺麗な言葉を使っても
どんなにバリエーション豊かな文章表現をしても、
届けたい”相手”がクリアに見えていなければ、
橋は着地点を失って宙に浮きます。
「伝わらない」というのは、橋がかかっていないのではなく、
橋の根元が揺らいでいるということです。
言葉にする、すなわち発信の目的は、
単に自己満足的な表現ではなく他者との共有です。
それは、相手の存在を前提としたときに初めて成立するのです。
橋を架ける五つのステップ
では、どうやって”橋を架ける”のか。
大事なポイントは「認識」です。
以下に、順に確認していきます:
① 自分を知る(認識1)
自分が何を、どう感じているのか。そして、それはなぜか。
② 自分の意図を知る(認識2)
なぜそれを発信したいのか。それを届けることで何を得たいのか。
③ 相手を知る(認識3)
誰にそれを届けたいのか。どうして”その人”なのか。
④ 相手を想う(視点転換)
相手の位置から見える風景を想像する。
その人は、今どこにいて、何を思っているのか。
⑤ 橋を整える(構造化)
自分側と相手側の”地盤”を見極め、橋の構造を整える。
この5ステップを意識すると、
発信が“意味を届けるチャンネル”として機能しはじめます。
言葉は単なる「伝達手段」ではないのです。
橋を渡すとは、意味を共有すること
言葉が「届く」とは、相手が自分の文脈を理解できる、ということです。
自分の頭の中にあるものは、他人には見えません。
言葉にして初めて、他の人に知ってもらえるのです。
とはいえ、他者と自分は当然ながら違う人間です。
持っている知識情報も、これまでの経験や体験も違います。
だから発信は、
「外国語で書かれた本を、相手の言葉に翻訳して見せる」
ようなものなのです。
例えば、英語を日本語に訳すとき、
英語の意味が曖昧まま日本語にしても、訳文は不安定になります。
仮に本来の意味があっていたとしても、
文脈を読み違えば、その訳語が不適切なこともあります。
同じように、
自分自身の思考や感情が曖昧なままでは、
どれだけ表面的な工夫をしても、相手には伝わりません。
不安定さをなくす、つまり、自分(の立ち位置)を明確にすることが、
言葉の”橋”を支える第一歩です。
それは、単なる自己理解を超えて「他者に理解される形で
自分の認識を整理するプロセス」なのです。
「言葉は橋」ということ
言葉は橋。
そして、橋は“認識”を礎石として架かるもの。
「認識」は、
世界がどう見えるか(見え方)を、
自分の見方を通して理解しようとする働きです。
「私はこれをこう見ています。
そして、これをあなたと共有したいのです」と
橋を渡って手を差し出す行為のようなものなのです。